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熊本地方裁判所八代支部 昭和44年(ワ)9号 判決

原告 小田正

右訴訟代理人弁護士 岸星一

同 加藤康夫

同 内藤義憲

同 杉本昌純

被告 チッソ株式会社

右代表者代表取締役 江頭豊

右訴訟代理人弁護士 和智龍一

同 塚本安平

主文

被告は原告に対し、金二〇四万五、二〇一円ならびに内金一〇八万六、五〇八円に対する昭和四四年二月二日以降、内金五七万九、〇九二円に対する同年九月七日以降、内金一二万六、〇二〇円に対する同年一一月一一日以降、内金二五万三、五八一円に対する同四五年一月一八日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員および同四五年一月以降復職に至るまで毎月二八日限り金六万一、五一〇円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

主文第一項は仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

第一、当事者間に争いのない基本的事実

原告が昭和一四年六月二一日被告会社と雇傭契約を締結し、以後兵役期間(同年一二月から同一七年四月までの現役入隊期間および同二〇年一月から同二一年二月までの応召期間)を除いて引続き被告水俣工場に勤務し、同四二年九月一二日当時においても同工場の従業員であったこと、被告会社が窒素肥料その他の肥料および各種化学製品、石油化学製品等の製造、販売を営む株式会社であること、被告会社は同四二年九月一二日付で原告を懲戒解雇する旨の意思表示をし、その翌日以降原告の就労を拒否し賃金を支払わないこと、昭和三七年八月五日原告が、水俣市内八幡アパート三叉路附近において、新旧労組員を制止する職務に従事中の水俣警察署警察官巡査部長津田秋男に対し、所持していた旗竿で突く暴行を加え、よって同人に対し治療日数約三日間を要する右大腿内側打撲の傷害を負わせた行為が公務執行妨害・傷害罪として起訴され、同四二年六月二一日最高裁判所において上告棄却の結果原告に対する懲役二月執行猶予一年の刑が確定したこと、被告会社水俣工場の就業規則第一一〇条第一項第五号には、懲戒解雇事由の一として、「刑罰法規に違反する行為をなし、禁錮以上の確定判決を受けたとき」、同条第二項には「前項第二号乃至第五号及び第七号の規定に該当し、特に情状酌量すべき事由があると認めたときは、懲戒解雇以外の懲戒に止めることがある」とそれぞれ規定されていること、前記解雇は右原告に対する有罪判決確定の事実が、同条第一項第五号の懲戒解雇事由に該当し、且つ同条第二項適用の余地がないという理由のもとになされたものであること、原告が同年一〇月一四日被告を相手方として熊本地方裁判所八代支部に対し、被告に対する労働契約上の権利を有することを仮に定めること等の仮処分命令を申請し、審理の結果同裁判所において同四四年一月九日原告が被告に対し労働契約上の権利を有することを仮に定める旨の判決がなされたこと、および右仮処分判決後も被告会社において原告の就労および賃金の支払を拒否していること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

第二、本件懲戒解雇処分の効力について。

一、懲戒解雇事由該当性

(一)  ≪証拠省略≫によれば、工場構内において刑罰法規違反行為をした場合につき就業規則第一〇八条第一項第一三号、第一〇九条第一号、および第一一〇条第一項第八号が、減給又は出勤停止から懲戒解雇に至る範囲の処分を規定していることが認められ、これら規定との対比から第一一〇条第一項第五号の規定は、工場構外における刑罰法規違反行為に対し適用あるものと解され、前示当事者間に争いのない原告に対する懲役二月執行猶予一年の有罪判決確定の事実が同条第一項第五号に該当することは明らかである。

(二)  然しながら右懲戒解雇条項に該当する外形的事実が存在することから直ちに原告が懲戒解雇に値するものということはできない。

元来企業が各種懲戒規定を制定する所以は、企業の秩序を維持し、生産性の昂揚を企図するにあり、懲戒解雇も本来企業内における労働者の職場秩序違反に対する措置として使用者に認められた特殊な制裁である。のみならずそれはまた労働者に非常な不利益を及ぼす謂わば極刑にも比すべき制裁であって、当該従業員に対し反省の機会を与えることなく、専ら他戒の目的からこれを終局的に企業外へ排除するものである。

従ってこのような懲戒解雇の基本的な性格を考慮すると、懲戒解雇の原因となる従業員の当該違反行為も、右のような企業内の秩序ないし労務統制を乱し、或いは企業の対外的信用を著しく害する虞れがあり、且つ極刑に値する程度の違法性を備えたものでなければならず、即ち違反行為自体とこれに対する懲戒解雇処分との間には社会観念上是認さるべき均衡性が保たれていることを要するものと解するのが相当である。このことは被告会社就業規則第一一〇条第一項本文が「懲戒解雇は次の各号の一に該当するとき、これを行う」としながら同条第二項において「前項第二号乃至第五号及び第七号に該当し、特に情状酌量すべき事由があると認めたときは、懲戒解雇以外の懲戒に止めることがある」と定めていることからも肯認され得るのであって、単に原告に懲戒解雇事由に該当する事実があったとしても、それのみでは足りず、更に進んで原告の右違反行為が前述のような企業秩序維持の観点から、反省の機会を与えることなしに原告を会社より終局的に排除するのを相当と認めるに足る程度の重大性・悪質性を有するか否かが、その他の情状の存否とともに、具体的に判定されなければならない。

被告は、右懲戒解雇規定制定の経緯から、それが行為の動機・態様・業務との関連性等当該違反行為自体に関する情状については考慮の余地なく、それ以外特に酌量すべき情状がない限り懲戒解雇を免れない旨主張するけれども、同条第二項に所謂「情状」を被告主張のように限定的に解すべき文理上の根拠はなく、また交通人身事故による実刑判決と傷害による罰金刑の如く、禁錮以上の確定判決の場合が罰金刑以下の場合に比し、常に著しい反社会性、反規範性を有するものと直ちに断定できず、当該違反行為の罪質・程度・動機・態様・それが企業運営に及ぼした悪影響等の事情を度外視して一律に右規定を適用した場合に生ずる実質的不合理性および後記認定の二、(四)の事実をも併せ考えると被告の主張は早計に過ぎるというべきである。

(三)  そして、右のような情状の判断は、会社の恣意的・便宜的裁量に委ねられるべきではなく、同条第二項の規定の文言にかかわらず、会社は客観的に妥当な判断をなすべき義務を負うものというべきである。

二、情状判定の当否(権利濫用の有無)

そこで以下本件懲戒解雇処分に当り被告のなした情状判定の当否につき検討する。

(一)  本件懲戒解雇の原因たる犯罪行為に関する事情

≪証拠省略≫を総合すると次のような事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(1) ロックアウトに至る争議の経過

原告は昭和三七年当時旧組合に所属していたが、同組合は同年度の賃上げおよび合理化協定締結等を要求して同年二月以降会社と団体交渉を重ね、三月末から四月中旬にかけ数次の部分ストを行ない会社に対抗していたところ、四月一七日に至り会社は、昭和四〇年までの労使間の賃金に関する紛争を除去し、企業の維持と雇傭の確保を図るため、同年度は同業六社平均妥結額より五〇〇円を減じた額、同三八年度は右妥結額に五〇〇円を加算した額、同三九・四〇年度は右妥結額に一、〇〇〇円を加算した額の賃上げを行なう旨の所謂安定賃金協定を締結することを提案した。組合は右提案を受諾することが実質的には争議権を奪われる結果、賃金相場の引下げと労働強化を来たし、また賃金分配の上厚下薄による組織の分裂ないし弱体化をもたらすものであるとの考えから、極力これに反対し、以後会社の再考を求めて団体交渉を重ねたが、労使の主張が対立したまま交渉は進展せず、六月二一日会社が安定賃金の条件以外の団体交渉を拒否するに及び組合は断続的にストライキを実施して要求の貫徹を図っていたところ、七月二三日会社は組合に対しロックアウトを通告し実施した。これに対し組合も直ちに続行中のストライキを無期限全面ストライキに切替え、ここに会社組合とも長期斗争に突入するに至った。

(2) 係長主任団等の活動と新組合の結成

ところで組合員のうち係長主任の一部の者は組合が全面ストライキに入る事態を憂慮し四月頃から会合を重ねていたが、同月二六日の係長主任の各部代表者の会合を会社新応接室で開き、会社、組合ともより弾力的な態度で争議の早期解決に努力すべきであるとの結論に達した。よって係長・主任グループは労使双方に対し早期解決を求める要望書を提出し、団体交渉再開を申入れ、或いは同グループの立場を説明するビラ配布を計画し、更に連日会社新応接室その他の場所に集合し情報交換を行なう等の活動を続けた。これに対し組合執行部は、五月二二日組合員大会を招集し係長主任団の集会とビラ配布は統制違反であり分派活動であると難詰しその解散を迫ったが双方話合いの結果、ビラ配布・集会については執行部の許可を求めることで一応了解が成立し、同月二六日の組合員大会でその趣旨が確認された。

然しその後係長主任団は組合員大会の開催を要求して署名運動を行ないその結果七月一四日組合員大会が開かれ、係長主任団による執行部の斗争方針批判、解決試案説明、これに対する執行部の反論等がなされたが、右大会終了後執行部は緊急代議員会を開き、分派行動の排除と既定の斗争方針どおり斗争を続けることを可決し、組合新聞に係長主任団の試案を含め条件斗争は否決された旨報道した。ここにおいて係長主任団は同月二〇日浜クラブで全員総会を開き、これ以上現在の執行部にはついて行けない、再度斗争方針の転換を促し、執行部が態度を変えない場合には全員脱退に踏切る旨を決定した。

一方係長主任団とは別に、学卒者を中心とする寮生や、書記、係員、代議員のうち組合執行部の斗争方針ならびに組合運営に批判的なグループは紛争の早期解決を目指し六月初め頃から民主化研究会(以下民研という)を発足させ、毎週二、三回昼休み時に会社の新応接室で或いは勤務終了後泰山寮で幹事会を開き、テーマを決めて学習活動を行ない、また各課連絡員会議も毎週一回程度会社新応接室で、ときには勤務時間中に開かれた。組合執行部は民研に対しても、その活動が組合の斗争方針に反し団結を乱すとして会の解散等を提案して代議員会においてこれを可決し、その後七月二日執行部は組合員大会を開催し民研が組合分裂を図っているとして一般投票による民研の解散を提案した。民研は反論の機会を求めたが与えられず、右執行部の提案は一般投票により可決されたため、その後民研としては係長主任団の組合大会開催要求に協力し、同大会において斗争方針の転換と争議の早期解決を期待したが、大会は民研の期待に反した結果に終ったので、同月一五日幹事会を開き民研の解散と組合脱退を決意するにに至った。

そこで翌一六日旧民研の儘田真一郎は係長主任団会長五島春夫を訪ね旧民研の意向を伝えた結果双方の間で組合脱退および相互連繋につき原則的な合意が成立した。そして会社のロックアウトに対抗して組合が無期限全面ストに突入した同月二三日に新組合結成のため旧民研の主な者二〇数名が山海館に赴き、その他の者は泰山寮に、係長主任団の大部分は八幡アパートに集合した。然し当時既に多数の組合員および支援オルグが泰山寮および八幡アパートを包囲していたため、山海館に赴いた者だけで新組合結成大会を開催することとなり、泰山寮の旧民研会員および八幡アパートの係長主任等も電話で賛成の意思を伝達し、かくて翌二四日午前一時三〇分頃新日本窒素水俣工場新労働組合が結成された。右結成直後新組合は直ちに会社に対し団体交渉を申入れ、これに対して会社側は舟で前記山海館に赴き、その結果会社は新組合を交渉相手として承認することおよびロックアウトは新組合に対しては適用されず、新組合による就労の実現については最大限の努力をする旨の協定が成立した。

(3) 新旧労組の対立と本件犯行に至るまでの争議の状況

前述のように、旧組合としては新組合の母体となった係長主任団および民研の活動に対しては、これを会社と結託して組織の切崩しを図る分裂活動であるとして厳しく非難し旧組合の斗争方針に従うことを求めていたが、新組合が結成後直ちに会社との間で就労実現につき協定を結び、強行就労の事態も予想されるに及んで、新組合に対する批判は感情的な反感、憎しみにまで高まり、新組合を御用・裏切者或いは分裂者集団と呼び、新組合および会社職制による組織切崩しに対し不信、警戒の念を益々強め、一方新組合においても旧組合執行部の斗争方針が会社の実情を無視し斗争至上主義的であり、また組合運営が内部の少数意見を無視し非民主的であるとする見方に確信を深め、積極的に組織の拡充を図る姿勢を示していたから、両組合の対立は日を追って深刻な様相を強めて行った。

そして本件犯行当日までの間に、旧組合員および支援オルグにより、会社宣伝カーに対する数次の妨害事件、七月二六日泰山寮から脱出を図った新組合員に一〇数名の負傷者を出した所謂泰山寮事件、翌二七日新組合事務所前において新組合員に一〇数名の負傷者を出したデモ事件および八月五日に至り吉岡社長等が負傷した水俣駅構内におけるデモ事件等の不祥事件が発生し、また会社のロックアウト実施後は旧組合員や支援オルグの間において、ヘルメットにヤッケを着用した所謂ホッパースタイルの服装の者や、或いは旗竿・木刀等を携帯した者が見られるようになり、他方これに対し暴力団と目される団体が組合のストライキに反対しこれを妨害する動きもあって、市内の緊張を一層高めた。

ところで水俣市八幡町所在の会社の寮五棟、所謂八幡アパートには新組合員が多く、殊に同アパート第五棟は居住者の大部分が職制であった関係上新組合の活動拠点となっていた。そこで旧組合では組織防衛上これを重視し、新組合結成直後同アパートの周辺にピケットを張り、旧組合への復帰説得と同アパートの居住者による組織切崩しの防止に当っていたが、その後新組合では組織の拡充と就労を目的として集団行動をとるようになり、その一環として八幡アパートへ同アパートの居住者ならびにこれを護衛する名目で同居住者以外の者をも含めて集団分宿を始めた。旧組合では右分宿が同アパートを組織切崩しの拠点たらしめるものとみて居住者以外の者の分宿を阻もうとし、双方対立のまま八月五日に至り混乱を避けるため同日行なわれた代表者による会談も物別れに終った。

(4) 犯行時の状況

同日午後六時四〇分頃、八幡アパート居住者一〇数名を含む約六〇名位の新組合員は、再度同アパート分宿のため、ほぼ四列縦隊となって同アパート第一、二棟入口三叉路に至った。その頃既に右情報を得ていた警察は制服、私服警察官約一八〇名を現地に派遣して警備に当っており、一方新労集団の到着を知った旧組合側も附近の組合員を緊急動員して前記三叉路附近に集合してピケットを張り新労集団の代表者等に対し分宿強行を思い止まるよう呼びかけた。新組合側も一旦は進行を止め暫時話し合っていたが、その間双方組合員の間では罵声や怒号が乱れ飛び、殊に双方集団の後部の者が昂奮して互いに前の者を押したため自然先頭部分が接触して揉み合うような形となったとき警察官多数が一斉に両組合員の間に割って入り、新旧労組員を実力で制止する行動をとった。このような状況下にあって原告は所持していた応援旗の旗竿(長さ約七二センチメートルの樫の棒)で新旧労組員を制止中の警察官津田秋男(当時警備本部特捜班員)を突き、よって冒頭第一掲記のような傷害を負わせたものである。

(5) 以上認定の諸事実によれば、原告の前記行為が争議という異常な事態におけるものとはいえ法秩序に違反するものであって、是認し得ないことはもとよりであるが、然しながらこれをもって直ちに計画的且つ悪質なものということはできない。なるほど争議の長期化に伴い新旧組合間の対立が激化し、再三暴力事件が発生していたことは前認定のとおりであるけれども、他方当時における旧組合員の意識としては、この争議が組合の総力を傾け尽した斗争であって、新組合の立場は、係長主任団の活動に始まり民研グループとの合体による新組合結成を経て会社新組合間の就労に関する協定の締結およびその後の積極的な組織拡充への動きに至る全体の過程を通じて、結局は会社と結託して組織切崩しにより争議の敗北を図るものであるとの深い不信の念に貫かれており、原告等本件当日の旧組合員の行動は、八幡アパートを新組合による組織切崩しの拠点とみて組織防衛上重視していたこともあって、このような追い詰められた切実な組織防衛の気持から発したものであること、および当時旧組合員のみならず市民の一部においても、市内の暴力団と目される団体が積極的にストライキ妨害のため動いているものと受取られていたことが窺われ得るから、当日の原告等旧組合員の行動が防衛的なものでなく計画的且つ攻撃的なものとは必ずしもいえない。のみならず本件当時の警察官の職務執行は、実力行使による制止に踏み切った段階では未だ双方の一部では話合いが続いており、違法とまではいえないにしても必ずしも適切な措置とはいえず、原告の行為はこのような警察官の実力行使に誘発された偶発的犯行と考えられ、原告に対する刑が懲役二月執行猶予一年という比較的軽いものである事実をも考え併せると原告の右行為も企業秩序維持の上から原告を企業外へ排除しなければならない程悪質重大なものとみることは困難である。

(二)  原告についてのその余の情状

原告が本件犯行を除きこれまで懲戒処分の対象となった事実は一切ないこと、会社から作業改善提案表彰(B級)、皆勤精励の褒状ならびに勤続二五年の表彰を各受賞していることは当事者間に争いがなく、また≪証拠省略≫によれば、原告は平素温和な性格を有し、職場の同僚、後輩に対しても世話好きであり、日頃の勤務振りも真面目であったこと、および日常の作業についての改善工夫の意欲も充分あったことが認められ、これらの事実を考慮すると、原告の日頃の勤務成績は優良とまでいえないにしても、工員としては平凡善良であり、少なくとも普通ないしそれ以上のものであったことを認めるに足る。≪証拠判断省略≫

(三)  従前の被処分事例との均衡性

被告は、本件解雇が、昭和三〇年協約改定に基づき制定された就業規則第一一〇条第一項第五号に該当するとして、解雇された他の事例との比較均衡上からも妥当である旨主張するが、≪証拠省略≫によれば、等しく禁錮以上の確定判決を受けたこれら事例においても、それぞれ犯罪の種類(この点のみ山口和夫の場合を除く)、程度、犯行の動機、態様、企業に及ぼす影響およびその他の本人の情状の点で事案を異にしており、従って仮に従前の懲戒解雇等の処分が妥当であったとしても、これをもって直ちに本件の場合に推し及ぼすことは困難であるといわねばならない。

(四)  本件懲戒解雇条項の情状の解釈に関する合意と福岡協定。

被告は、本件就業規則の懲戒解雇条項変遷の経緯から、同規則第一一〇条第一、二項は、禁錮以上の確定判決を受けた者について、その犯罪行為自体の情状を一切問わず、その余の当該従業員に関する情状についてのみ考慮する趣旨に解すべき旨の労使間の合意が成立しており、所謂福岡協定第三項但書の規定も右の趣旨を示すものであって、これら労使間における合意に従ってなされた本件解雇処分はこの点からも有効である旨主張する。然しながら被告の右主張に副う前掲甲第四六号証も、同号証中、昭和三〇年協約改訂に際しては、第二項の情状の解釈に関し組合と具体的に話合った事実はない旨の供述記載および≪証拠省略≫に照らし措信できず、また昭和三七年の賃金争議における妥結協定書中個別的責任の処理に関する条項において、禁錮以上の確定判決を受けた者については就業規則どおり取扱われる旨定められていたこと、および所謂福岡協定第三項に、組合は係属中の不当労働行為救済申立を取下げ、会社は諮問中の懲戒処分の事案を撤回するが、その場合禁錮以上の確定判決を受けた者に対する措置については除くものとする旨規定されていることは当事者間に争いがないけれども、右規定の趣旨は、要するに禁錮以上の確定判決を受けた者については懲戒処分の諮問を撤回せず、前記妥結協定書の条項に従い、会社就業規則どおり取扱われるというに過ぎず、他に被告主張の合意の事実を認めるに足る証拠はない。

(五)  以上によれば、原告の本件行為が被告会社就業規則第一一〇条第一項第五号に該当し、且つそれが企業秩序維持上看過し得ないものであるとはいえ、原告に対し反省の機会を与えることなく直ちに企業外へ排除しなければならない程企業秩序を乱す悪質且つ情の重いものとみるのは相当でなく、前記のような諸事情を考慮すれば本件懲戒解雇は社会観念上均衡を失し酷に過ぎるというべきである。従って本件懲戒解雇処分は被告が就業規則第一一〇条第一項、第二項をその趣旨目的を逸脱して不当に適用したものであって、権利濫用として無効なものといわざるを得ない。

第三、賃金請求権

そうであるとすれば、被告の原告に対する本件懲戒解雇が無効である以上原告が被告に対し労働契約上の権利を有することは明らかである。そして前示のように被告が本件懲戒解雇の意思表示の翌日である昭和四二年九月一三日以降原告の労務の提供を拒否するとともにその賃金等を支払わず、仮処分判決後もその態度を変えないことは当事者間に争いないところであるから、右労務受領拒否および賃金等の不払は明らかに被告の責に帰すべき事由によるものであり、従って被告は、原告に対し、昭和四二年九月一三日以降原告が就労していたならば当然支払わるべき賃金等の全部を支払うべき義務がある。

≪中略≫

第四、結論

以上のとおりであって、被告に対し右各金員の支払を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上田幹夫 裁判長裁判官平岡三春は退官につき、裁判官松尾俊一は転任につきいずれも署名押印できない。裁判官 上田幹夫)

〈以下省略〉

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